特集 - ここまで変わる近未来の働き方
「働き方改革」と「技術革新」の合わせ技で、人と仕事の関係は大きく変わろうとしている。
来る時代の歩き方を、東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授の柳川範之氏に聞いた。
テクノロジーの進歩で労働時間の概念が変わるとき「考える力」が重要に
今起きている技術革新で、私たちの働き方に最も大きな変化をもたらすと考えられるのは、次世代通信規格5Gや、さらにその先にある高速・大容量の通信技術です。これらが実現すれば、遠く離れた場所からもさまざまな仕事ができるようになります。つまり、仕事をするために移動する必要がなくなるのです。そこから生じる自由度の広がりが、働き方や仕事へのアプローチを大きく変えていくでしょう。
1つは、在宅勤務のような働き方が進むということです。これにより、単に出社しなくて済むというだけではなく、一人ひとりのキャパシティが大きく向上します。例えば現状、営業の仕事などでは、実際の仕事のかなりの部分が移動に費やされていますが、物理的な距離の制約がなくなれば、回れるお客さんの数が増えます。工事などの作業現場が不便な場所にある場合でも、移動しなくていいのなら1日に複数の現場をこなすことが可能です。
もう1つは、仕事とそれ以外の活動(子育て、介護、学習など)の境目がなくなるということです。これまでは、例えば家族の介護を抱えたりすることになれば、職場に出るのが困難になるため、離職を余儀なくされる人が少なくありませんでした。しかし、移動の制約がなくなることで、かつては、両立できなかったことが成立するようになります。「仕事の合間に学ぶ」「介護の合間に仕事をする」といった、時間の有効活用が可能になるのです。
こうした流れの中で、「労働時間」という概念は希薄になっていくでしょう。前述したような「合間に仕事」というスタイルが一般的になれば、労働時間のみを切り出すことに意味はなくなります。一方で、どんなタイミングでも仕事ができるということは、日常生活が仕事に侵食されるリスクもはらんでいます。したがって、労働時間とは別の基準によって、過重労働をコントロールするような仕組みを考えていく必要があります。
新しい労働のガイドラインができるまでにはまだ時間がかかりそうですが、その前に、健康管理の観点から過重労働を予防するアプローチが広まるのではないでしょうか。この分野でも技術革新が進んでおり、例えばウェアラブル端末などで生体情報を計測することによって、心身の状態をリアルタイムで捉えることができるようになります。過労で危険な状態になる前に、端末が警告を発してくれるというわけです。
リモートワークが主流になれば、これまで就労のチャンスが少なかった人々の活躍の場が増えるという効果も期待されます。体力が衰えた人が、自宅から機械を操作して力仕事ができるようになれば、病気を抱えた人やシニアの雇用も増えるでしょう。対人関係が苦手で引きこもっていたような人が、自宅で機械を動かす仕事をこなして、報酬がもらえるような仕組みができれば、社会復帰の一助にもなります。こうした用途に、積極的にテクノロジーを活用してほしいと思います。
日頃から頭の中でシミュレーションを
働き方の自由度が広がるということは、時間の使い方を自分で決めなくてはならないということでもあります。このような話をすると、真面目な人ほど「仕事から帰ったあと、通信教育か何かをやらないと社会から取り残されるのではないか」といった危機感を抱きがちです。しかし、実際には働き方がそう急激に変わるわけではないし、余裕のある時間が一気に増えるわけでもありません。ただ、実際に職場で「在宅勤務を解禁します」というような話が出たときに、いち早く手を挙げられる人と、どうしていいかわからずオロオロする人では、多少なりとも差がつくのは必至。いざ、自由な時間が増えたときに、それをどう活用したいのか、日頃から頭の中でシミュレーションする習慣をつけておきたいものです。(談)
東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授
柳川範之氏
中学卒業後、父親の海外転勤にともないブラジルへ。ブラジルでは高校に行かずに独学生活を送る。大検を受け慶應義塾大学経済学部通信教育課程へ入学。大学を卒業後、東京大学の大学院にて、経済学の博士号を取得。現在は研究のかたわら、自身の体験をもとに、主に若い人たちに向けて学問の面白さを伝えている。