特集 - 5Gで変わる建設機械と建設現場
5Gの登場で特に期待が大きい分野のひとつが、建設機械の遠隔操作だろう。
日立建機が描く未来の建設機械と建設現場の姿を、同社で先端技術開発を担う枝村学が語った。
日立建機株式会社
研究・開発本部 先行開発センタ センタ長
枝村 学
土木建設現場のICT施工の推進力として
土木建設現場では、i-Construction、すなわち、3次元設計データに基づくICT施工が普及し、ICT建機には、半自動で掘削を制御できる機能が搭載されるようになった。5G(第5世代移動通信システム)やその他のデジタル技術により施工現場はどう変わっていくのだろうか?
「ICT施工は、画像データや3次元設計データの活用が基盤となります。今後は5Gにより、リアルタイム性の高い大容量通信が可能となることが大きいですね」。こう話すのは、日立建機の研究・開発本部 先行開発センタでセンタ長を務める枝村学だ。「通信が困難だった山間部などの大規模施工現場においては、『ローカル5G』サービスの適用が期待されます。数km四方であれば安定した高速通信が可能で、高セキュリティである点が土木工事現場に適しています」
ローカル5Gとは、通信事業者による5Gとは別に、企業や自治体などが自らエリアを限定して、プライベートのネットワークを構築できるようになるサービスだ。2019年12月の一般社団法人 電子情報技術産業協会(JEITA)の発表によると、このローカル5Gの日本市場は2030年には約1.3兆円の需要額となる見通し。自動運転車や建設機械、ドローンをはじめとするIoT機器や、製造分野向けのソリューションサービスが需要を牽引すると予測されている。
新時代のオペレータ視点で遠隔操作の技術開発に挑む
5Gの有望な用途のひとつが建設機械の遠隔操作だ。
「5Gは、高精細な映像のような重たいデータを扱うのに必要な『広帯域』、リアルタイム性の高い『低遅延』、同時に複数の建設機械がつながる『同時多接続』が特長です。エリアや接続性の問題がクリアされれば、建設機械の遠隔操作を進化させる重要な要素となるでしょう」
土木建設業での人手不足や若手の確保も大きな課題となっているなかで、働きやすい環境整備や安全性確保への解決策としても、遠隔操作への期待は大きい。
日立建機は、1992年の雲仙普賢岳の噴火災害復旧工事など、危険度が高かったり、大量の粉じんが発生するなどの理由で人が入れない環境下における建設機械の遠隔操作に取り組んできた。2013年には、業界に先駆けインターネット環境での遠隔操縦技術の開発を行っている。
それは現在も変わらず、現場に出向いてお客さまに寄り添い、その声から5年先、10年先の現場に求められる姿を描く。驚異的なスピードで進化する各種のデジタル技術の進展を見極めながら、次世代遠隔操作技術の開発を進めている最中だ。
ただし、「私たちが進めている遠隔操作技術の開発は、現在の実機でのオペレーションをそのまま置き換えるものではない」と枝村は強調し、こう続ける。「現在のオペレータの『匠の技』をシステムに代替させるのではありません。遠隔操作を専任とするオペレータを前提とし、操作性や生産性をより高めて最大のパフォーマンスを生む新しい施工文化や環境を築くことを、私たちの開発の姿勢としています」
操縦する人が従来の実機オペレータではないのなら、操作のインタフェースとなるコントローラも、従来のコックピットにとらわれない、全く新しい形状となっていくかもしれない。
お客さま価値の最大化を念頭に「人と機械の協調」を築く
5Gに代表される高速通信技術や、AI(人工知能)、高度センシング技術等の建設機械、建設現場への適用が急ピッチで進められている。その一方で、枝村は現場で「人がやるべきこと」「機械がやるべきこと」「人による遠隔操作で機械がやるべきこと」などのパターンの中から、どの組み合わせが一番現場で効率が良く、メリットがあるのかを見極めることが大切だと説く。「日立建機がめざしているのは、単に人を排除した完全自動化や、人と機械が一緒に作業する『協働』ではありません。人と人、人と機械、機械と機械が相互に情報をやりとりする中で、さらに高い価値を生み出す『協調』なのです」
『協調』による人と機械の最適な関係、さらに、『協調』によって実現する安全で効率が良く人に快適な現場、これこそ建設業界で現在進められている、本来の意味でのi-Construction全面活用の姿だ。
この激しい変化の波の中において、今後も必要になるのは“人間ならでは”のクリエーティブな能力だ。「仕事全体を見渡し、効率が良い現場での段取りを考えたり準備をしたりする力は、人間ならではの強みです。先行開発センタでは、人のクリエーティブな面と新しい技術とをいかに融合させるかを考え、相乗効果を生み出すことを追求していきたい」と話す。
近い将来、都市のオフィスなどから各現場の機械を動かすことができれば、土木建設業界の労働環境や安全性は格段に向上するだろう。遠隔操作の発展は、働き方改革にも貢献するソリューションとして、今後目が離せない存在だ。