特集 - 地球を未来につなぐカーボンニュートラル
そもそもカーボンニュートラルとはどんなものであり、実現のためには何をすればいいのか。
国内外の取り組みの現状や建設業界への影響、企業や個々人ができることについて、サステナビリティ経営やESG投資に詳しい夫馬賢治氏に伺った。
夫馬賢治氏
株式会社ニューラルCEO。サステナビリティ経営・ESG投資アドバイザリー会社を2013年に創業し現職。著書に『超入門カーボンニュートラル』(講談社)、『データでわかる2030年 地球のすがた』(日本経済新聞出版)他。サステナビリティ経営・ESG投資ニュースサイト「Sustainable Japan」編集長。環境省、農林水産省、厚生労働省のESG関連委員の他、国際会議での有識者委員も歴任。
2050年でも間に合わないとささやかれ始めた脱炭素対策
気候変動によって自然災害が相次ぎ、海面上昇も深刻なリスクとなっています。気温上昇は農業・漁業に被害をもたらし、生態系の変化で感染症も増え、社会・経済に甚大な影響を与えています。
2021年8月、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)から第6次評価報告書に関するレポートが発表されました。パリ協定では世界の平均気温上昇を産業革命以前と比べ1.5度に抑える努力を追求すべしとしていますが、同レポートには2030年頃までに1.5度に到達してしまうと書いてあります。気象の世界では1度上昇するだけでも大変な変化であり、もしこのまま何もせず放置すればいずれは4度上昇するともいわれます。そうなるともはや想像できないレベルの災害が起きるとの危機感が、気候変動に関わる科学者の総意となっています。
カーボンニュートラルとは、二酸化炭素(CO2)に代表される温室効果ガスをプラスマイナスでゼロにしようという取り組みです。「マイナス」は植物による炭素吸収などで温室効果ガスを減らすことを意味しますが、全ての温室効果ガスを吸収するのは難しいため、「プラス」すなわち排出分をゼロに近づけなければなりません。
日本政府は2050年にカーボンニュートラルの実現をめざすとの宣言を発表しました。しかし前出のレポートでは、2050年では地球的危機の回避に間に合わない可能性があり、前倒しすべきだとしています。これを受け、国際社会の動きも今後一層早まることでしょう。
政府の宣言を聞き、日本もようやく動いたという安堵感は覚えました。ただ、欧州はカーボンニュートラルに関する法整備にいち早く取り組んでおり、中国も野心的な目標を出しているのに対し、日本の動きは遅い。世界的に見れば後発組です。日本はもともと環境先進国というイメージが強く、この遅さには海外から懸念が示されています。
宣言が遅くなったのは、これまで環境対策はコスト負担となり、成長の足かせになると考えられていたため、政府としても言い出せずにきたのが現実です。ただ、カーボンニュートラルはもはや環境問題としてだけでなく、経済問題としても注目されています。取り組みが遅れると企業は別のコスト、災害や海面上昇に対するコストを払うことになりかねない。それらのコストは膨大です。天秤にかけると、むしろ気候変動対策にかけるコストなどかわいいものだと世界中の企業が考えるようになったわけです。
個人にも、企業にもできることは数多くある
では、この地球規模の課題に対して個人でできることはあるのでしょうか。全体から見れば産業が出す温室効果ガスのほうがはるかに大きいのですが、個人でできることも多々あります。電気・ガスなど住宅から出るCO2は意外と大きなものですし、自動車や電化製品、食品を作る際も多くのCO2が排出されるので、一つひとつ意識すれば排出削減に貢献できます。家庭の電気を再生可能エネルギー比率が高いプランに変更する、自家用車をあまり使わず電車にするなど、工夫次第でさまざまな貢献が可能です。
それ以上に、個人でできる最大のことは、変化を受け入れる心を持つことです。現在の暮らしのスタイルのままでは大きな破綻がやってくる。もっとひどい災害が待っているかもしれません。ということは、変えていかねばならないものがあるということで、その変化を受け入れる気持ちを持つことが最も大切であると私は思います。
こういった考え方は、国による違いもあることはありますが、それよりも世代による違いが大きいと感じます。スウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんの登場は衝撃的でしたが、2050年はまさしくグレタさんのような若い世代の人たちが活躍する時代。ですから若い人の声を大事にして、企業も若い人に向き合うことが大切です。
経済産業省は2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略を策定し、分野ごとの実行計画を示しました。建設業界では、製造工程で多くのCO2を排出する建築材料の転換に可能性を感じます。また、世界的に木造建築物への関心が高まってきており、耐震性を併せ持つ建築技術も進化しているので、木の文化を持つ日本には木造を追求する意義も大きいのではないでしょうか。
日立建機のカーボンニュートラルの取り組みでは、建設機械の電動化により、さらなるゼロエミッションの推進を期待しています。これから求められるのは原料から製造、使用、廃棄に至るバリューチェーン全体でのカーボンニュートラルであり、建設機械の素材転換、バッテリーの効率利用、性能が落ちてきたバッテリーの二次利用なども突き詰めていく必要があるでしょう。とはいえ、素材探しもバッテリー回収もマンパワーで全て行うのは時間がかかるので、そこにデジタル技術をつぎ込み、DX(デジタルトランスフォーメーション)を実現していくことも不可欠となります。めざすゴールは高いものですが、あらゆる手段を考え、実現してほしいと思います。
産業革命前(1850~1900年)の平均気温と比較して、現在すでに1.2℃上昇。〝数十年に一度〟の規模の大災害が近年頻発しているのは周知のとおり。
すでに横須賀市・久里浜港では約50年で海面が15cm上昇(国土交通省分析)。海面が5m上昇すると、関東では東京・埼玉の東部などが水没してしまう。