特集 - みんなのDX お客さま視点の一歩先の仕組みづくり
DX(デジタルトランスフォーメーション)が世に叫ばれて久しい。
業務プロセスのIT化だけにとどまらない、真に価値のあるDXとは何か―。
徹底的に議論を重ね、日立建機のDX推進本部がたどり着いたのは、お客さま接点の改革だった。
日立建機のDXを先導するメンバーによる座談会と、具体的なDX取り組み事例を紹介する。
文/斉藤俊明 写真/関根則夫 イラスト/岡田 丈
日立建機のDX戦略の成功事例として世に送り出された営業支援アプリ「DX-CONSULTING」。
顧客データを活用し、在庫管理と連携するなど、お客さまの課題解決への素早いアプローチを可能にするアプリだ。
その開発プロセスでは、DX推進に向けた共通ビジョン設定や、アジャイル型開発が実践された。
成功の陰にある開発の舞台裏に迫った。
日立建機
グローバル営業本部
企画部
部長代理
深川潤二
日立建機
DX推進本部DX改革統括部
DX活用戦略部活用推進グループ
主任
篠岡貴子
日立建機
DX推進本部DX改革統括部
DX活用戦略部活用推進グループ
主任
田向直樹
日立建機
DX推進本部DX改革統括部
DX活用戦略部
部長
久冨伯夫
日立建機日本
マーケティング戦略統括部
部長代理
阿部聡司
DXはあくまで手段 めざしたのはその先のお客さまの課題解決
―まずはDX推進本部設立の背景と立ち上げ当初の活動を教えてください。
久冨 当社は経営戦略として、新車販売以外のバリューチェーンの深化や、デジタル活用によってお客さまの課題解決に貢献することをめざしています。その中で、全社DXをリードする組織として、また、事業部門と共にDXを推進するため、DX推進本部が立ち上がりました。私たちの活動も、お客さまの課題解決を最優先する「CIF(カスタマー・インタレスト・ファースト)=顧客課題解決志向」という考えのもと、事業部門とIT部門が一体となりDXに取り組んでいます。
私たちはまず、顧客接点をどう改革できるかについて議論するところからスタートしました。本社では、お客さまの顔がよく見えず、どうしても抽象的な議論になりがちだったからです。
阿部 従業員数十人からアンケートを取るなどして、議論を進めましたね。当初は、「業務のオペレーションを、デジタルを使って他社がまねできない状態にまで良くすることが私たちにとってのDXなのではないか」とメンバー間で話していました。
久冨 顧客接点改革以前に、そもそもDXってなんぞやと。ゼロからのスタートですし、何をすればいいのかわからないので、DXについても目の前にお客さまがいない抽象的な議論になっていました。DX自体がわからないのですから、目標設定にも苦労しましたし。相手の立場でものを見る、共感するというデザイン思考の考え方も取り入れて、長く議論を続けたことを覚えています。
阿部 その議論も白熱し、そろそろ具体的テーマを決めて価値検証を実施しようとなったタイミングで、深川さんが参加。現場のプロである深川さんから、営業員としての仕事の仕方に基づき次々と提案をもらいました。深川さんが入ってから、話がグッと進んだのは間違いありません。
深川 14年にわたって営業を担当してきたので、私にとってお客さまと直接話すというのは、ずっと行ってきたことです。それが今回のチームに加わって言語化されていき、自分にとっても実は気づきがたくさんありました。
―そうした議論を経て、「DX-CONSULTING」の開発へと話は進みます。
久冨 IT部門だけでなく業務部門のメンバーも交えて議論をしたことで、めざす世界観を共有でき、結果的に目的が共通化したことが大きいと思っています。システムの開発を担った篠岡さんと田向さんは議論が深まった段階で加わりましたが、私たちの活動はどのように見えていましたか?
田向 開発者の立ち位置ではどうしてもものづくりの方に意識が向いてしまいますが、今回のプロジェクトは顧客接点改革というキーワードが起点になっていたので、会社全体で考えるという姿勢で仕事に向かい合えたと感じています。
篠岡 生産管理システムを担当していたので、私もお客さまとの距離は遠く、良いものをつくればあとは営業や本社の人が売ってくれるだろうと傍観していたところがあります。ですから、このチームで初めてDXやCIFと向き合いました。
チームに加わったときの第一印象は、とにかく会話の時間が圧倒的に長いこと。話す時間が長いからこそメンバーの距離感が近くなり、顧客接点改革の考え方はもちろん、深川さんが長く現場で体験してきた「お客さまのため」という世界観もより深く理解できました。
田向 今回のチームは、部門を越え、個々にスキルが際立ったメンバーが集まっています。メンバーそれぞれが自分の専門分野に近づけるのではなく、顧客接点改革の概念をアプリで実現するというベースに立ち、それぞれの専門性を生かした意見を出したことが、良いものづくりへとつながっていったのでしょう。
阿部 会話が長かったというのは、別の見方をするなら、どんどんと議論できる環境だったということです。実際にジャストアイデアの意見を言えましたし、一見ずれたことでも受け入れて議論できたからこそ、うまい落とし所を見つけられた。そういった環境が、結果としてアジャイル開発のスピード感にも貢献したのではないでしょうか。
篠岡 深川さんも私の発言を絶対に否定せず、「たしかにそうだよね」と必ず肯定から入ってくれました。そういった意見を言いやすい環境があったからこそ会話も活発になったのだと思います。
深川 否定しないというコツは、久冨さんに教えてもらいました。それにしても篠岡さんや田向さんとはオンラインで150回以上も会っているのに、直接会うのは今日が初めてなんですよね。
久冨 特に開発の2人はプロジェクトが始まって1年ほどしてから参加したわけですが、一度もリアルに会っていないのによく一つになれたなと感慨深いものがあります。これ自体がDXの成功事例なのかもしれませんね。ただ、すでにいろいろと決まったあとに入ってきた開発の2人は、私たちよりもプレッシャーが強かったんじゃないでしょうか。
篠岡 参加当初は半年後の2021年10月が開発完了目標となっていたので、正直にいうと厳しい……という感覚があり、その厳しさを理解してもらうために資料や根拠を用意して皆さんに説明しました。深川さんが日立建機日本の立場で社内調整してくれたこともあって、開発完了目標に向けて新たに仕切り直し、こういうスキルを持つ人財がほしいとリクエストすると久冨さんや阿部さんがかき集めてきてくれたので、納得のいく形で完成させることができました。
阿部 おそらく、スマホやクラウドといった最先端のITを使わず、昔ながらのウォーターフォール型開発手法で進めれば、10月にも間に合ったと思います。ですが今回は、アジャイル開発でいきたい、クラウドを活用して使いやすく、デザインも徹底して見やすく……などと私たちの方から無茶ぶりをしていたので、開発の2人は本当に大変だったと思います。
―「DX-CONSULTING」のメリットと運用開始後の反響、そして今後に向けたDXの展望を教えてください。
深川 「DX-CONSULTING」は、営業員がアプリに問いかけるとクイックレスポンスで答えを提示します。それを使えばお客さまごとにフィットした提案ができますし、営業員にとっては会話を自分ごとにしてより強固な信頼関係を生み出せます。それによってお客さまと営業員の密着度が増し、他社との差別化にも効果を発揮すると考えています。一方では、「DX-CONSULTING」を使うことで、伝承が難しい知識や経験を伝えやすくなるので、若手の教育・育成にも役立てられることを期待しています。
運用開始前は若手や中堅が主に活用すると想定していました。ところが実際には、ベテランも多く受け入れてくれているのがうれしいところです。当社には30年ほど前、“営業カルテ”と呼ばれる虎の巻のような文書があったらしいのですが、そこに書いてあることと「DX-CONSULTING」による支援がほとんど同じだという声も聞いています。
篠岡 情報を盛り込みすぎない適度なシンプルさも使いやすさにつながり、良かったと思っています。
田向 評判が良くて、私も驚いています。開発しても使われないシステムが多い中、たくさんの営業員に使ってもらっているとのことで、うれしいですね。アジャイル開発を取り入れたことについては、今回はコロナの影響でテレワークを余儀なくされ、“会議室に缶詰め”という状況にはならなかったのですが、オンラインでコミュニケーションを密に取りながら、スピード感をもって価値検証を進めることができました。
深川 これまでの日立建機には、アイデアはあっても、一つひとつが100%になるのを待つという真面目な風土がありました。今回はアジャイル開発を取り入れ、花が咲く前の状態でも運用を開始できるようになったので、変革の強い武器を手に入れたと実感しています。
久冨 とはいえ、まだまだDXの最初の一例を世に送り出したにすぎません。これからもさまざまなプロジェクトを立ち上げ、今までにないものを、デジタルの力を使って実現していきたいですね。
否定しない、何でも言い合えるその空気感が議論を深め認識や目標を一つにできた
深川潤二
日立建機日本マーケティング戦略統括部在籍時の2020年10月から、兼務で開発プロジェクトに参加。現場の営業員としての意見をアプリ開発に反映させた。2022年4月に日立建機グローバル営業本部へ異動。
篠岡貴子
海外の工場の生産管理システムの開発・保守を担当後、2021年4月にDX推進本部 DX改革統括部 DX活用戦略部へ配属。開発チームのリーダーを務め、2022年4月からは阿部の後任としてシステム責任者に就任した。
田向直樹
国内の生産向けシステムの開発・運用保守担当から、2021年4月よりDX推進本部 DX改革統括部 DX活用戦略部に配属。2022年4月から篠岡の役割を引き継いで開発チームリーダーを務める。
久冨伯夫
営業本部企画部から2020年4月にDX推進本部へ異動し、現在DX改革統括部 DX活用戦略部の部長を務める。「DX-CONSULTING」の開発プロジェクトを中心的立場で発足当初から牽引してきた。
阿部聡司
顧客ソリューション本部(※)で「ConSite」の立ち上げや、ICTソリューションの開発・推進に携わる。2020年4月にDX推進本部へ異動し「DX-CONSULTING」のシステム責任者を務めた。2022年4月から日立建機日本へ。
※所属事業部名は2020年4月当時。現在は新事業BU。
DX-CONSULTINGとは?
顧客データや在庫管理と連携し、お客さまの課題に対し適切な提案、クイックレスポンスを可能にするiPad用アプリ。
- 2020年4月
DX推進本部発足 - 2020年4月~9月
従業員アンケート、アジャイル開発勉強会実施、徹底議論 - 2020年10月~2021年3月
久冨、阿部、深川の少人数チームでコンセプト、プロトタイプを作成、翌年10月を開発完了目標に設定 - 2021年4月~
篠岡、田向がプロジェクト参加、アジャイル型で開発が進む - 2021年12月
先行ユーザー向け運用開始 - 2021年12月~2022年3月
追加機能の検討、開発 - 2022年4月~
正式運用開始、追加機能開発も継続
今回のプロジェクトにおいては、単にアプリをつくってリリースするだけでなく、日立建機のDX戦略とCIFがめざす世界観をアプリユーザーが共有できるようにするため、プロモーションもしっかりと実施されている。DX情報共有サイトに掲載された紙芝居コンテンツもその一つだ。「DX-CONSULTING」の活用により実現できる具体的価値を、現実的でわかりやすいデモストーリーで紹介している。
CIF(Customer Interest First)
お客さまの課題解決を最優先とする、日立建機がめざす取り組み姿勢。DX戦略においても主語はあくまで顧客であり、デジタル技術を活用してさまざまなプロセスの改革をめざす。まずは顧客接点の部分から改革を推進しており、お客さまの課題を解決するRSSU(Rental Sales Service Used、建設機械のレンタル・新車販売・メンテナンス・中古車)トータルソリューションを提案してCIFを実現する「DX-CONSULTING」は、その第1弾の具体的成果となる。
デザイン思考
解決策がまだない課題に対し、デザイナーがデザインを考える際に用いるアプローチによって解決策を導き出す思考法。ポイントは使う人の立場になって考えることで、DXの推進においてもユーザーの視点に立ち、見えないニーズを発見する。前例のないテーマのソリューションを導き出すために役立つ。
アジャイル開発
近年注目されている、システムやアプリケーションの開発手法。アジャイルは迅速であることを意味する。従来用いられてきたウォーターフォール型の開発手法は全体設計をまず行い、それに従って計画的に開発を進めていくが、アジャイル開発では厳密な設計を行わず、大まかな仕様と要件のもとで開発を進める。仕様変更が必要になっても柔軟かつスピーディーに対応できるため、顧客のニーズに沿った開発を短期間に行える。