キーワードで読み解く 電動化の過去・現在・未来
建設機械の電動化は目的ではなく、あくまでもゼロエミッションやカーボンニュートラルを実現するための手段だ。日立建機はこうした考え方に立脚し、これまで60年以上に及ぶ電動化の道のりを歩んできた。その行程を振り返るとともに、電動化建設機械の普及に向けたチャレンジ、さらには未来像にも迫ってみる。
日立建機の電動化の歴史は実に古く、機械式ショベルだと1960年代、油圧ショベルだと1970年代にさかのぼる。高度経済成長時代に入ると、産業廃棄物処理業などの屋内作業において、従業員の健康対策として排ガスを防ぎたいとの要望がお客さまから上がっていた。それに応える形で1971年度、商用電源を利用する有線式の電動油圧ショベルを開発・提供した。屋内作業は移動距離が短いことから、ケーブルを用いた電動化建設機械がフィットした形だ。
この後も、応用開発製品として有線式の開発は続く。2006年になるとリチウムイオンバッテリーを搭載したバッテリー駆動式のコンパクト油圧ショベルを開発する。まず5tクラス、続いて2007年に7tクラス、さらには2011年に3.5tクラスのミニショベルをリリースした。ところが、バッテリー駆動式ショベルの開発はここでいったん中断する。理由としては、当時のバッテリーは性能面で十分な稼働時間を確保できなかったこと、バッテリーが高価で低コストを実現できなかったことに加え、社会における環境配慮や低炭素への意識もまだそれほど高まっていなかったことが挙げられる。
一方で、2000年代後半は燃料が高騰した時期でもあり、お客さまからは燃費低減のニーズが上がっていた。そこで長年培ってきた電動化の技術と経験を活かし、蓄電装置とエンジンを併用するハイブリッド建設機械を2008年から開発。2011年、20tクラスのハイブリッド油圧ショベルの発売に至る。その後2019 年になると、欧州での環境配慮の観点から、再び電動化建設機械のニーズは過熱していく。
日立建機ティエラ 開発設計センタ 髙橋 究
お客さまの声を聞き、困りごとを解決するために製品開発するというのは日立建機の風土で、電動化建設機械でも最初の有線式以来、脈々と受け継がれています。
目次
01 History - 電動化建設機械の歴史
1962 - 機械式電動ショベル「U23」
日立製作所の建設機械事業部で開発した機械式電動ショベルが、電動化のはじまり。アタッチメント交換でクローラクレーンにもなる万能機だった。
1971 - 電動式油圧ショベル「UH03E」
日立建機開発の純国産技術による日本初の油圧ショベル「UH03」の有線式電動ショベル。無排気ゆえ地下工事等で活躍していた。
1990〜 有線電動式ショベル
建屋内の作業などで使用される有線電動式ショベルは1990年代の発売以降、国内で100台以上を販売。
2006 - バッテリー駆動電動式ショベル
2006年には、リチウムイオンバッテリーを搭載した5 tクラスの「ZX50UB-2」、2007年には7tクラスの「ZX70B」を開発。
2011 - ハイブリッド油圧ショベル
油圧・電動複合での旋回装置を採用した、20 tクラスのハイブリッド油圧ショベル「ZH200」を2011年に発売。標準機比で20%の低燃費化を実現。
2020 - バッテリー駆動電動式ショベル
リチウムイオン電池を搭載した8 tクラス「ZE85」は、フル充電で3~4時間稼働、1時間以内で充電が可能。
02 Development - 電動化技術の開発
パリ協定が採択された2015年以降、欧州でゼロエミッションの機運が高まりを見せ始めた。この流れを受け、中断していたバッテリー駆動式ショベルを欧州代理店キーゼル子会社とともに開発。5t、8tクラスのバッテリー式ミニショベルを新たに開発する。技術面では、2011年に出した3.5tクラスのミニショベルはほぼ全てのコンポーネントが専用開発だったが、再開以降は世代交代時の開発効率やメンテナンス工数を考え、多くの部分で自動車部品を転用している。
技術開発の課題としては、やはりバッテリーに関わる部分が大きい。ミニショベルにおいても駆動時間はポイントとなるが、より大きな中型ショベルではさらにバッテリーの大容量化や急速充電の実現が望まれる。中型でも小さな13tクラスでは実用に足る充電を短時間で行えるものの、20tクラス以上になると充電回数や一度に充電できる容量を増やすなどの工夫が必須となるほか、バッテリーコンポーネントの小型化も課題となっている。
日立建機 電動建機開発センタ 津村浩志
バッテリー式では、まだまだエンジンからモーターへの置き換えが始まった段階です。
将来的には旋回のモーターを活用した電力回生も考えていきたいですね。
03 Task - カギとなる充電インフラ
電動化建設機械を進化させていくうえではバッテリーの性能向上が必須だが、日立建機のみならず、今後はバッテリーメーカーなどとの協業も考えられる。自動車と比べると台数が圧倒的に少ない建設機械の電動化を実現するために、今後はコストの高さやパワー不足、充電性能不足の解消など、さまざまな社外パートナーと問題を解決し、関係構築にも取り組んでいかなければならないだろう。
これらに加えて、屋外作業で用いる場合の充電をいかに行うかが重要なテーマとなる。建設機械は近隣に充電設備や仮設電源がないような地域で使われることも多い。また、作業が終わると現場を移動することから、大掛かりな充電ファシリティや充電ステーションをその都度設置するのも難しい。そのため、移動可能な充電設備とセットで提供できるかどうかがポイントになる。つまり、お客さまが利用しやすい充電ソリューションを生み出していくことが、電動化建設機械の普及の第一歩となる。
日立建機 グローバル営業本部 企画部 深川潤二
充電問題が解決しない状況のままでは、充電器のないスマートフォンを売っているようなもの。
日立建機として独自ソリューションを提供していかなければなりません。
04 Challenge - 電動化普及に突き進む欧州での挑戦
充電インフラという難題が横たわっている電動化建設機械だが、2050年のカーボンニュートラル実現へと加速を見せる欧州では、普及に向けたさまざまなチャレンジが始まっている。とりわけ取り組みが目立つのは、EV導入でも先を進むノルウェーだ。同国の首都オスロ市内の工事案件には、2025年に公共工事、2030年に建設業の一般工事までゼロエミッション化する動きがある。他国・都市にも同様の動きが見られることから、建設機械メーカーは対応を迫られている。
その背景にあるのが、環境意識の高まりに加えて、国による政策面での後押しだ。ノルウェー、オランダといった欧州における電動化先進国では補助金制度もあり、ノルウェーの場合はエンジン式建設機械と電動化建設機械の差額に対して条件付きで最大40%が補助される。こうした状況を受け、欧米に中国・韓国も加えた国内外の建設機械メーカーが電動化建設機械を続々発表している。
2020年に8tクラスのバッテリー駆動式ショベル「ZE85」を発売。ノルウェー政府が行うオスロでのゼロエミッション建設サイトパイロット事業に採用された。それから数年の間にも欧州における電動化建設機械へのニーズは急速に高まり、2022年には5tクラスの受注も開始。さらにはドイツ・ミュンヘンで開かれた国際建設機械見本市「bauma2022」に、8t・5tに加えて、欧州代理店キーゼル子会社との合弁会社が開発した2t・13tクラスのプロトタイプも出展した。そのほか現場で急速充電できるモバイルバッテリーを搭載したパワーバンクも出展し、電動化建設機械とのセット販売をめざしている。
課題である充電についても欧州においては動きが進んでおり、パワーバンクや街中での充電ステーションなどを開発・提供する企業が登場してきた。とはいえ欧州もまだ動き始めたばかりで、試行錯誤の段階。今後の一層の充実が待たれる。
日立建機 コンストラクションビジネスユニット 営業統括部 第1マーケット戦略部 王 慧
欧州担当になった2017年頃から、2035年には需要が電動に置き換わると言われていました。
当時はさほど深刻に捉えていませんでしたが、今は実感しています。
日立建機 グローバル営業本部 企画部 中川恵輔
私が駐在していた米国では、環境意識が高いのはカリフォルニアですが、北東部などもともとの意識は高く、今後はほかの地域でもニーズが高まってくる可能性もあります。
05 Mission - ソリューション企業として
先を行く欧州と比べ、日本国内の建設機械の電動化、及びそれを支える充電インフラの整備は、残念ながら後れを取っているのが現状だ。日立建機では充電ソリューションをいかに提供していくか、社内ワーキンググループを立ち上げ、検討を始めている。
「ただ単に電動化建設機械を販売するのではなく、現場全体を考えたソリューションの提供がポイントです。例えば現場で稼働する建設機械や充電インフラの見守り、効率的な充電ソリューションの提供などを通してお客さま課題を解決し、ゼロエミッション現場の普及に努めたい」と、グローバル営業本部の本間保は話す。
充電インフラ自体の構築には、パートナーとの協業が前提であり、欧州各国のように補助金など国の施策の後押しがあると望ましい。そのうえで、レンタルやリース契約が多い国内では、建設機械での利用を終えたバッテリーを他分野で二次利用するサイクル構築まで含めた、新たなビジネスモデルの創出もポイントとなっていくだろう。
日立建機 グローバル営業本部 企画部 本間 保
日本は環境先進国とはいえない現状ですが、一生懸命キャッチアップし、世界のトップをめざしていかなければなりません。
そのためにも電動化はマストです。
06 Future - 夢の実現に挑む
建設機械の電動化は、数々の難題を抱えながらも、今後必然的に進んでいくだろう。その中で、日立建機はどういった独自性を打ち出していくのか。グローバル営業本部の深川潤二は「電動とICTを掛け合わせた建設機械など、日立建機らしいアイデアで差別化を図っていきたい」と話す。
また、日立建機ティエラ開発設計センタの髙橋究はこう語る。「アフリカなど電力や燃料事情が良くない地域では、太陽光でつくった電気を蓄積するパワーバンクを設置することで、電動化が一気に広がる可能性もあります。先進各国だけでなく全世界に新しい時代をもたらすため、日立建機がイノベーターになれれば……と夢見ています!」
そして、さらにその先の未来を見据えると、地球の上に広がる宇宙空間で稼働する建設機械の姿も浮かんでくる。現在の電動化建設機械は、ショベル部分は油圧のアクチュエーターで動かしている。空気のない月面開発で油圧の機器は動かないため、アクチュエーターの電動化が必須だ。油圧と同等のパワーを生み出せる電動アクチュエーターの開発。これはまさに建設機械ならではの課題であり、壮大な夢へとつながる第一歩でもある。