拝啓・現場小町 vol. (22) - 田中みずきさん
各方面の現場でイキイキと輝く活躍する女性にその醍醐味や将来の目標などを伺いました。
文/編集部 写真/吉澤咲子
古き良き日本の銭湯文化を後世につなぐ
Profile
銭湯ペンキ絵師 田中みずきさん
大阪府出身。明治学院大学在学中に銭湯ペンキ絵に出会い、絵師の中島盛夫氏に弟子入り。銭湯ペンキ絵を軸に、近年は PR関連の制作物も手掛ける。著書に『わたしは銭湯ペンキ絵師』(秀明大学出版会)。
日常に寄り添う温かい文化を守りたい
銭湯の壁一面に描かれたペンキ絵は、近代に発祥し100年以上続く大衆文化だ。しかし自宅風呂の普及や後継者不足などにより、銭湯の数は年々減少。絵師の数も減り、現在は田中みずきさんを含め3人だけといわれている。
田中さんが銭湯ペンキ絵に興味を持ったのは卒業論文の制作で銭湯を訪れたことがきっかけ。
「もくもくと上がる湯気と描かれた雲が重なり、自分が絵の中にいるような感覚にハッとしたのが最初の印象です。それまで絵は凝視するものと思っていたのですが、ペンキ絵はゆったりと眺めるためのもの。そのため絵の捉え方が人によって全然違うのもとても面白いと感じました」
絵の奥深さにのめりこむと同時に膨れ上がったのが、この文化を後世に残したいという思い。当初は弟子入りを志願しても断られていたが、卒論の制作にかこつけて雑用を手伝ううち、見習いとして受け入れてもらえた。
「指導は昭和の職人ならではの“見て盗め”方式。自分が描いた絵を師匠に直していただく様子を見て何が足りないかを考え、やり方を真似しながら技術を習得していきました。このとき身につけた自力で問題点を見つけて解決法を考える習慣は、現場で考えながら絵を描くうえでとても役立っています」
絵の制作は1日で行うため効率と集中力が肝要。ペンキが垂れてもすぐ直せるように天井に近い部分から床へ向けて描き進めていくのがコツだという。準備や細かい作業は、田中さんの夫であり便利屋を営む駒村佳和さんがサポートしている。絵の内容は要望によりさまざま。ペットや地元の名所、常連客の好きな題材を描くこともあれば、「田中さんに任せるよ」と言われアマビエやオーロラを描いたことも。
「一番楽しいのは面白い絵が描けたと思うとき。いまだに悩みや苦労はありますが、銭湯の方やお客さんが絵を楽しむ姿を見ると一気に報われます(笑)」
これまでは少し変わった絵を描いてきたと語る田中さん。今の目標は昔ながらのペンキ絵のあり方を探り、今後の制作に活かしていくことだ。
「新しい着想や工夫を活かせるのも定番といわれるような絵があってこそ。これらが長年描き続けられてきた意味を考え、視野を広げていくことは、銭湯ペンキ絵という文化を未来につなげていくためにも必要だと思うんです」
現在は若い世代に興味を持ってもらうためのワークショップなどと並行し、絵師の仕事で食べていくためのシステムづくりや安全性の確保といった基礎固めに力を入れている。
「弟子を取るのはまだ先で、もっと経験を積んでからですね。後進に伝えるための技術や表現の幅を磨きつつ、現代のニーズに合ったペンキ絵の使い方も模索していきたいと思います」
Off-time
田中さんのオフタイム
移動中の電車内で本を読んで気分転換
家だと次に描く絵のことを考え続けてしまうので、隙間時間を活用。ジャンルは美術史や長年何かを探究し続けてきた方の自伝が好きですね。最近はヒップホップグループの RHYMESTERさんの著書『KING OF STAGE~ライムスターのライブ哲学~』を愛読しています。
便利屋こまむら
駒村佳和さん
便利屋のスキルを活かし、現場仕事を手伝っています。妻は自分の気持ちにまっすぐで、流行にとらわれない独自の感性を持つ人。制作時の集中力、枠にはまらず挑戦し続ける姿に刺激を受けています。