拝啓・現場小町 vol. (26) - 岩月久美さん
各方面の現場でイキイキと輝く活躍する女性にその醍醐味や将来の目標などを伺いました。
文/編集部 写真/松浦幸之介
伝統の様式美と先人の想いを数百年先の未来へ繋ぐ
Profile
鬼師(鬼瓦製作師)
岩月鬼瓦
岩月久美さん
愛知県碧南市出身。2001年に岩月鬼瓦へ入社し、愛知県認定の上級鬼瓦製作師で夫の岩月秀之氏に師事。神社仏閣用の鬼瓦の製作と並行し、鬼師kumi名義でオリジナル作品の製作にも力を注ぐ。
柔軟な発想で鬼瓦業界に新風を吹きこむ
日本三大瓦「三州瓦」の産地、愛知県高浜市にある岩月鬼瓦は明治から続く鬼瓦の窯元。全国の神社仏閣に納める鬼瓦の製作を専門に行う。同社で働く岩月久美さんは、「鬼師」と呼ばれる鬼瓦のつくり手。女性鬼師は珍しいといわれる中、これまで500棟を超える神社仏閣の鬼瓦を手掛けてきた。
前職は看護師だった久美さんが鬼師に転身したきっかけは同社の倒産。伝統の技術を守るため、5代目で夫の秀之さんと会社の再興を決意した。
「作業は過酷ですが、歴史ある寺社に数百年飾られるものをつくるので、やりがいは大きいです。鬼瓦は時代を繋ぐバトンのようなもの。『前の作者、未来の作者は何を思いながらこの鬼瓦と向き合うのかな?』などと想像しながら、日々製作に取り組んでいます」
鬼師の主な仕事は、老朽化した鬼瓦を同じ外形につくり直すこと。最初に板状の粘土で土台を作成し、型紙に沿って切り出した粘土を組み合わせる。鬼の顔や模様など、鬼瓦としての造形を整えたら約30日乾燥。約1,100℃の高温で数日焼き上げたのち、不完全燃焼を起こして表面に炭素膜をつくり、三州瓦特有の銀色の光沢を纏わせる。
「約1年でひと通りの工程は覚えたものの、造形時の手の感覚をつかむまではかなり苦労しました。まっすぐできているか、対のものを左右対称につくれているか。責任が大きいので今でも気が抜けませんが、完成したときの喜びと達成感はひとしおです!」
一番きついのは力仕事。特に大型の鬼瓦は複数のパーツに分けてつくるが、物が大きいだけに一つひとつに使われる粘土も相当な重さになる。
「昔から『鬼師は男性の仕事。女性は無理にやらなくていい』という風潮がありますが、うちは夫と私だけなのでそうもいかなくて。足りない力を補う工夫を考え、無理なく働けるように業務を改善していきました」
ヒントになったのは看護師時代の備品。「点滴スタンドや手術室のゴミ箱のように、作業台などにキャスターを付ければ軽い力で動かせる」と思いつき、工程ごとに粘土や鬼瓦を移動させる際の負荷を軽減した。
モットーは、焦らず前を向き続けること。材料費の高騰で発注が減り「暇になった」という同業の声もあるが、寺社や屋根職人からの依頼は現在も後を絶たない。オリジナルブランドの鬼瓦アクセサリーやインテリア雑貨なども好評だ。「伝統を身近に感じられる」「家に飾りやすい」と評判が広がり、近年は自治体や企業からオーダーメイドの注文依頼も増えている。
「めざすのは手に取る方の気分が上がるような作品づくり。『これも鬼瓦なんだ!』と新しい魅力を届けることが、伝統的な鬼瓦に興味を持っていただくきっかけに繋がれば嬉しいです」
Off-time
岩月さんのオフタイム
自分の作品を巡る
聖地巡礼の旅へ
自分がつくった鬼瓦を見に行くのが好きなんです。最近は大河ドラマ『光る君へ』に登場した廬山寺(ろざんじ)の鬼瓦や、イギリスの「チェルシーフラワーショー」に展示された麒麟を象った鬼瓦を見に行きました。その土地ならではのおいしいものを食べるのも楽しみのひとつです。
岩月鬼瓦
鬼師
岩月秀之さん
独自の視点やアイデアを持ち、よりよい作品を探求し続ける姿に刺激を受けています。伝統や古い価値観にとらわれず、合理的なものづくりの方法を一緒に考えてくれるところも、とても心強いです。