Chapter 1 - 巨大市場の米州に日立建機の「信頼性」を届ける
日立建機にとって、米州で事業を独自展開するということは ①ディーラーへの新車・中古車販売 ②部品・サービス ③再生部品 ④ファイナンス(貸付)―の全部門を、一気に新たに立ち上げることを意味する。ディア社との提携解消を2021年8月に発表してから、日立建機アメリカ(Hitachi Construction Machinery Americas)の経営陣は1年未満でこの難題に立ち向かってきた。
米建機市場のゲームチェンジャー
2021年11月、日立建機の土浦工場から、日立建機アメリカが北米市場で販売することになった油圧ショベルの第1弾が船積みで出荷された。太平洋を横断後、パナマ運河を通過して大西洋に入り、米フロリダ州の港から北米のディーラー向けに『Hitachi』ロゴが入ったオレンジ色の油圧ショベルが輸送されたのだ。
油圧ショベルは日立建機にとって、創業の原点であり国際的に見ても高い競争力を誇る商品だ。日立建機として1964年に分社化する前の49年、日立製作所の一部門だった時代に、初の純国産技術による機械式油圧ショベルを開発して世に送り出した。そこから製品ラインアップを小型から超大型まで広げ、世界トップ水準の安全性、耐久性、信頼性を積み重ねてきた。さらに環境配慮型の機械や、「ConSite」などのサービスソリューションも整え、米州以外のグローバル市場を切り拓いてきた。
その競争力の源泉である油圧ショベルがいよいよ、北米市場を皮切りに中南米を含む米州全体に広がる。「日立建機は米州全土の『ゲームチェンジャー』、つまり市場の競争条件や状況を一変させる可能性を秘めている。だから多くの人財が集まり、ディーラーなどお客さまの期待も非常に高い。なにより最高の技術と信頼性に支えられた強固なブランドがある。非常にエキサイティングな環境です」
こう話すのは2022年5月に日立建機アメリカに参画した製品管理・技術部門で部長を務めるロブ・オーロウスキー(Rob Orlowski)だ。建設機械業界でのキャリアが長く、ほかの世界的メーカーでのマネジメント経験もある。業界を知り尽くしているだけに、オーロウスキーは日立建機が油圧ショベルなどに「標準搭載」したさまざまなテクノロジーに驚いたという。
Rob Orlowski
Director [Product Management &Engineering]
最新技術、標準装備でアプローチ
その1つが「TRIAS Ⅲ(トライアス・スリー)」だ。TRIASは省エネ型の油圧システム技術で、操作状況に合わせてアームやブーム、旋回装置などに圧油を最適に分配し、燃費を向上させながら高効率で大きな油圧ショベルを動かすことができる。「3 ポンプ・3コントロールバルブ方式の油圧システムなので、省エネとはいえすごいパワーがあります。ショベルのツメ部分で大きな木の切り株を挟んだまま軽々と動かしていた。これを見たお客さまは『ビースト(野獣)だ!』『モンスターだ!』と騒いでいました」とオーロウスキーは表現する。
サービスソリューション「ConSite」を進化させた「ConSite Oil(コンサイトオイル)」の標準装備にも感銘を受けたという。建設機械は油圧機部分に使うオイルの状態が性能を左右する。オイルの状態が悪いと故障やマシントラブルの原因になる。
ConSite Oilはセンサーによってオイルの状態を常時モニタリングしてAIで解析する。品質劣化や異常を検知すると建設機械の所有者やディーラー、さらに日立建機にデータが共有される。トラブルの発生を防いで稼働時間を長くし、ライフサイクルコストを低減できる。
「 空撮の目」で、より安全に
さらに作業現場の安全性を向上させる「AERIAL ANGLE(エアリアルアングル)」機能も標準搭載とした。オペレータは運転席にいながら、建設機械の周囲の様子を上空から俯瞰しているように見渡せる(写真左上)。
油圧ショベルには機体の左側にオペレータが乗る運転席があり、右側には掘削用のアームがある。このため、運転席からは機体の右側が見えにくく、そこに人などが近づくと事故の原因になりかねない。自動車でも最近は、後ろに下がって駐車する際に「上からの視点」で運転している車の周囲の状況を観察できるシステムが搭載され始めている。これを建設機械にも応用したのがAERIAL ANGLEだ。
機体に搭載した物体検知センサとカメラで、機械を中心にした俯瞰映像を運転席内のモニターで確認できる「エアリアルアングル」。運転の安全性を高め、接触事故低減に寄与する機能だ。
南米は鉱山機械を重点投入
日立建機の米州事業は、中南米もカバーする。北米のメインが建設・土木工事現場向けなら、中南米では鉱山機械が主軸となる。「中南米でディーラーがあるのはブラジル、チリ、ペルー、コロンビア、スリナム、メキシコ。ドミニカ共和国に1つ、カリブ海地域にももう1つのディーラーがあります。当面の目標はすでに進出しているこれらの国で存在感を高めることです」
こう説明するのは、22年1月から日立建機アメリカに参画している鉱山設備担当でシニア・ディレクター、バブリトン・カルドソ(Babliton Cardoso)だ。ブラジル出身で鉱山機械と建設機械業界でのキャリアが長く、欧州市場や南米子会社の運営を担当したという。
カルドソは「鉱山機械はお客さまとの密接な関係が非常に重要です。ディーラーも販売・サービス体制が強力でなければならず、共同でお客さまに提案する必要があります」と話す。鉱山機械は大きいだけでなく、非常に過酷な条件で長期間の稼働が必要になるからだ。
鉱山機械が活躍する南米などの鉱山は、市街地から遠く離れた場所にあり人財確保が難しい。そこで24 時間・365 日の連続稼働をするケースがほとんどだ。「鉱山機械1台の購入で、年間6000~8000時間(24時間稼働で年約250~330日間)の稼働を10年間続けたいと求められる。また鉱山の現場には、平均して6~8台のダンプトラックと1台の鉱山用油圧ショベルがあり、これらを一緒に購入してもらえるチャンスもあります。長時間の稼働を止めない各種のシステムやテクノロジーが不可欠です。メーカーとディーラーが一体となってお客さまに信頼していただく必要があるのです」(カルドソ)
そこで日立建機も、人が運転せずに自律走行で動かすことが可能なダンプトラックを中南米のマイニング産業向けにまもなく提供する。「当社技術の肝は安全性です。トラック同士が衝突を避けられる鉱山運行管理システムや、ダンプトラックの周囲を見渡せるAERIAL ANGLEなどの搭載が役立ちます。巨大すぎて周りが見えないダンプトラックが駐車する時や、走行中にも別のトラックと衝突する前に停止できる機能もある」とカルドソは言う。ほかにも高度車体安定化制御技術で横すべりが起きにくく、冬には雪が降る南米高地の鉱山で安定走行を実現している。「これら技術がマイニング事業向け製品の販売では非常に強固な武器になっています」(カルドソ)
マイニング向けでも営業戦略の基軸となるのは油圧ショベルだ。この地域の販売戦略は、鉱山用の油圧ショベルが軸となる。鉱山開発向けの大型油圧ショベルは高性能で堅牢な油圧ポンプ技術が欠かせない。
「日立建機の強いブランド力と信頼性のある油圧ショベルとダンプトラックを一緒に売り込めるのは当社の強みです。すでに進出している市場で鉱山機械の評判を高めながら、第2段階として周辺国でもディーラーを開拓して鉱山機械の販売だけではなく、ディーラーのサポートもしていく。これが日立建機の南米戦略です」と、カルドソは意気込む。
北米でも中南米でも、日立建機が市場を開拓していくには「お客さまに信頼されることが最も重要です」と、オーロウスキーは強調する。油圧ショベルを中心に「TRIAS やConSite Oil といった技術で燃費性能を改善し、長時間の稼働も可能になれば、確実にお客さまの信頼を勝ち得ることができます」とオーロウスキーは続ける。
日立建機アメリカで米州全体のセールス部門を管掌する副社長、サイモン・ウィルソン(Simon Wilson)は「北米は今後数年間、非常に強い市場であり、中南米も非常に高い水準で需要があるとみています。この市場環境は、今後も拡大すると思っていて、私たちにとって非常に興味深い機会となるでしょう」と力を込める。
米州各地で新しい日立建機ブランドを頼りにし、期待しているお客さまは、まだまだ開拓できそうだ。
Babliton Cardoso
Sr.Director, Mining Equipment
中南米に向けて、超大型油圧ショベルやダンプトラックなどのマイニング製品の販売・サービス拡大を強化している。
CEO interview / Independent operation in Americas
日立建機の大いなる挑戦は、北米・南米の両大陸にまたがる一大事業だ。その中核となる日立建機アメリカを率いるアル・クイン(Al Quinn)社長に、事業変革の進捗と今後のチャレンジについて聞いた。
Al Quinn
CEO
Hitachi Construction
Machinery Americas
今後3年で事業規模を3倍に急速な環境変化をとらえ成長する
ここ1年間は忙しくも、やりがいにあふれています。2021年8月にディア社との提携解消を発表して以来、日立建機アメリカを新組織につくり替えてきました。販売する製品ラインアップの拡大に伴う既存や新規の販売店網の拡充、レンタル事業では新チャネルの整備、部品事業では倉庫や流通ルートの整備などです。
まるでスタートアップのように仕事が山積みですが、「Hitachi」の名前はここ米州で非常に強いグローバルブランドとして認識されています。そのブランド力は今回も大きな威力を発揮しています。約40人だった日立建機アメリカの従業員数を140人に増やしましたが、100人の募集枠に5,000人超が応募してきました。優秀な人財を集めにくい現在の米国内の労働市場で、期待以上の人財が次々と応募してきたのです。
日立建機が米州事業を自力で拡大するという変化を誰もが前向きにとらえており、市場で新しいプレゼンスを確立する今のタイミングで、当社の一員になりたいと話す人が多くいました。日立建機ブランドが米州でいかに強いかを示す証左といえます。
製品群も非常に強固な競争力を持っています。特に、ディア社と提携していた期間に販売できなかった日立建機ブランドの油圧ショベル技術は、注目の的です。私たちの建設機械を販売しているディーラーは複数のメーカーの製品を扱うため知識も経験も豊富ですが、ある大手ディーラーの首脳は「こんな良い技術を合わせ持つ、信頼性の高いマシンは今までなかった」と感激して電話をかけてきました。最高のマシンを市場に提供できる、当社の能力の証拠といえます。
部品の配送体制や保守サポートシステム/体制の充実に注力
最大の挑戦は部品事業です。日立建機アメリカの単独事業が始まった22年3月から、鉱山設備と油圧ショベルの導入により、取り扱い部品の量は10倍以上に増加しました。部品用の倉庫をジョージア州ジャクソンに新設しましたが、さらにもう一つが必要な状況です。そこで日立グループの日立物流バンテックフォワーディングの米子会社(Va n t ec H i t a c h i T r a n s po r t System)と協力しながら、部品の保管・物流体制を急いで構築しています。
それだけ米国内は建設機械の需要が旺盛で、建設機械のディーラーやレンタル事業者の在庫は今や払底に近い水準です。台数を確保しようと各社が躍起になっています。建設機械の生産数も世界的にまだまだ足りません。これは北米だけでなく南米でも同様で、マイニング向けを中心に大型建設機械の需要が拡大を続けています。一方で、製品の供給は世界的に追いついていません。
私たちの事業環境は急速に変化しており、何とかキャッチアップしなければなりません。この需要を取り込めば、今後3年間で事業規模は3倍になると期待しています。それを実現するためにはディーラー網の拡充に加え、技術面や保守面でのサポート体制、製品ラインや部品の数量と供給体制を拡充しなければなりません。
幸いディーラーやお客さまは非常に協力的で、日立建機が米州にコミットメントしてプレゼンスを高めることを歓迎しています。この恵まれたチャンスを成功に導くため、走り続けたいと思います。